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孫への贈与を親が使うのは可能ですが、私的に利用すると損害賠償請求や税務上のリスクが生じる可能性があります。
本記事では、孫への贈与を検討している祖父母や、その贈与財産を管理する親御さんに役立つ情報を紹介します。
トラブルを未然に防ぐために、贈与の基礎知識や注意点について理解しておきましょう。
- 祖父母から孫への贈与に関する基礎知識や注意点、贈与時に親が注意すべき点
- 祖父母から孫への贈与を親が使うと損害賠償請求や税務上の問題がある
- 孫への贈与でも相続加算が適用される場合の条件
目次
孫への贈与を親が使った場合どうなるのか
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孫への贈与を親が私的に使用した場合、一般的には「刑事罰に問われることは少ない」とされています。
一方で、孫への贈与を親が使うと、損害賠償や税務上のリスクが生じる可能性があります。
その詳細について確認していきましょう。
1.孫への贈与を親が使っても刑事罰に問われることはない
はじめに、孫への贈与を親が使う場合に、刑事罰に問われるか(犯罪になるか)について確認しましょう。
通常、お金を使い込むと窃盗罪(刑法第235条)や横領罪(刑法第252条)などの対象となります。
しかし、祖父母から孫に贈与されたお金を親権者である親が私的に使っても、刑事罰に問われる可能性は低いです。
刑法第244条では、配偶者や直系血族、同居の親族との間での窃盗について、その刑を減免することが規定されています(未遂を含む)。
この規定に基づくと、たとえば、子が祖父母から贈与されたお金を親が使い込んだ場合でも、この刑の減免に該当する可能性が高いです。
2.孫への贈与を親が使うと損害賠償請求などの可能性がある
ただし、孫への贈与を親が私的に使用した場合、刑事罰にはならないものの、子から損害賠償請求(民法第709条)や不当利益の返還義務(民法第703条)などの民事上の責任を追及されるおそれがあります。
損害賠償請求とは、特定の行為によって他人に損害を与えた人に対して、損害を被った人がその損害の補償を求めることを指します。
また、不当利益の返還義務とは、法律上の正当な理由なく利益を得た人に対して、その利益の返還を求めることを指します。
たとえば、祖父母から孫へ贈与されたお金を親が使い込んだ場合、子が損害賠償請求をおこない、裁判所がそれを認めれば、親は子に対してお金を返還しなければなりません。
一方で、親が正当な理由と手続きに基づいてそのお金を使用した場合は、問題になりません。
3.名義預金と見なされる可能性がある
孫へ贈与した預金を親が私的に使っている場合、その口座は税務上「名義預金」とみなされるリスクがあります。
名義預金とは、口座の名義人と実際の管理者が異なる場合を指します。
このような状況では、税務上の問題が発生する可能性があるため、注意が必要です。
名義預金の例として、孫の名義になっているにも関わらず、実際には親がその預金口座からお金を自由に引き出している場合が挙げられます。
このような状況では、孫の名義を利用して、実際には親に贈与がおこなわれているとみなされる可能性があります。
税務当局から名義預金だと判断された場合、相続税や贈与税の課税対象となる可能性があるため注意が必要です。
4.子から親への贈与とみなされる可能性がある
また、名義預金ではなく純粋に孫へ贈与したとしても、親がその預金口座のお金を私的に使っている場合、「子から親への贈与」と税務当局にみなされ、課税されるおそれがあります。
たとえば、孫への贈与のための専用口座が存在し、孫が親に対して「自由に使っていいよ」と通帳を渡しているような状況です。
子が親を支援したいのであれば、通帳を渡すのではなく、年間110万円までの基礎控除(非課税枠)の範囲内で、その都度お金を渡すのが有効です。
そうすれば、贈与税を回避することができます。
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5.孫への贈与は基本知識と注意点を理解しておこなうべき
このように孫への贈与を親が使うと、損害賠償請求や税務上の問題が発生する可能性があります。
これらのリスクを回避するためには、贈与に関する基本知識や注意点を十分に理解したうえで、孫への贈与をおこなうことが重要です。
孫への生前贈与の基本知識
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贈与は、個人が自分の財産を無償で与える意思を示し、その相手が財産を受け取ることを受諾することで成立する契約です。
財産を与える人を贈与者、財産をもらう人を受贈者と言います。
孫への贈与は他の親族への贈与と比べて有利な点があります。
たとえば、暦年課税における「持ち戻し」がないことが挙げられます。
そのため、相続対策では孫への贈与をどう活用するかが重要になります。
さらに、孫への贈与で利用することが可能な複数の非課税制度もあります。その詳細について解説します。
1.孫への贈与は暦年課税の贈与加算がない
孫への贈与は、子や他の親族への贈与と比べて、税制面での有利な点があります。
贈与税や相続税の節税を考えている人は、この仕組みを上手に活用することをおすすめします。
贈与税や相続税を節税しながら親族などに財産を遺したい場合、贈与税の基礎控除(年間110万円まで非課税)を利用するのが一般的です。
ただし、贈与税の計算方法には、「暦年課税」と「相続時精算課税」があります。
このうち暦年課税を選択した場合は、「贈与加算(贈与財産に加算される持ち戻し)」に注意する必要があります。
贈与加算とは、相続が発生する前の一定期間におこなわれた贈与を、相続税の課税価格に加算して計算することを指します。
つまり、相続発生前の一定期間におこなわれた贈与は、無駄になってしまう可能性があるということです。
贈与加算の対象となる期間は、相続が発生した時期によって異なります。
詳しくは以下の表をご参照ください。
相続開始日 | 加算対象期間 |
---|---|
〜令和8年12月31日まで | 相続開始前3年以内(死亡の日からさかのぼって3年前の日から死亡の日までの間) |
令和9年1月1日~令和12年12月31日 | 令和6年1月1日から死亡の日までの間 |
令和13年1月1日~ | 相続開始前7年以内(死亡の日からさかのぼって7年前の日から死亡の日までの間) |
たとえば、2026年(令和8年)12月31日までに相続が発生した場合、贈与加算の期間は「相続開始前3年以内」ということになります。
それ以降に発生した相続については、最大7年間の贈与加算が適用されます。
孫には、この贈与加算がないため、暦年課税で贈与した財産を確実に非課税にすることができます。
ただし、孫に対して贈与加算が適用されないのは、「法定相続人でない場合」に限ります。
親が亡くなっているなどの理由で孫が法定相続人になる場合は、他の受贈者と同じように贈与加算が適用されます。詳細については後述します。
2.孫に用途が明確な資金を一括贈与できる非課税制度もある
孫に贈与する際に活用できる非課税制度には、教育資金や結婚・子育て資金をまとめて一括で贈与できるものがあります。
要件を満たせば、教育資金の一括贈与は孫1人あたり1,500万円まで、結婚・子育て資金は1,000万円までが非課税となります。
これらの非課税制度は、まとまった金額を一括で贈与できるというメリットがある一方で、専用口座の開設や領収書の提出などの手間がかかるというデメリットもあります。
また、他の非課税制度として、孫がマイホームを購入したり、リフォームしたりする際に、祖父母からまとまった資金を非課税で一括贈与できる制度も存在します。
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3.孫の年齢で贈与税の計算方法が異なる
孫への贈与で広く利用されている暦年課税ですが、年間110万円の基礎控除枠を超えると、贈与税が課税されます。
注意したいのは、贈与税の税率や控除額が孫の年齢によって変わることです。
まず、孫への贈与をおこなう場合、孫の年齢が贈与を受けた年の1月1日時点で18歳以うえであれば、「特例税率」が適用されます。
特例税率は、贈与を受けた年の1月1日時点で18歳以上の受贈者に対して、父母や祖父母などの直系尊属から贈与された場合に適用されます。
贈与税の計算のもとになる課税価格は、基礎控除の年間110万円を差し引いた額です。課税価格ごとの税率と控除額は、以下の通りです。
基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | - |
400万円以下 | 15% | 10万円 |
600万円以下 | 20% | 30万円 |
1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
4,500万円超 | 55% | 640万円 |
また、孫の年齢が18歳未満の場合は、「一般税率」が適用されます。
基礎控除の年間110万円を差し引いた課税価格をもとに贈与税を計算する流れは、特例税率の場合と同様です。
課税価格ごとの税率と控除額は、以下の通りです。
基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | - |
300万円以下 | 15% | 10万円 |
400万円以下 | 20% | 25万円 |
600万円以下 | 30% | 65万円 |
1,000万円以下 | 40% | 125万円 |
1,500万円以下 | 45% | 175万円 |
3,000万円以下 | 50% | 250万円 |
3,000万円超 | 55% | 400万円 |
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孫に贈与するときや親が財産を管理するときの注意点
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次に、祖父母が孫に贈与するときや、その贈与財産を親が管理するときの注意点を確認しましょう。
1.名義預金とみなされないようにする
孫に贈与する際は、親名義の預金口座ではなく、孫名義の預金口座に振り込むことが重要です。
さらに、孫名義の預金口座に振り込んだとしても、それが名義預金(実質的には親への贈与、または祖父母の貯蓄など)と見なされないようにすることが大切です。
税務当局から名義預金と判断されないためには、以下のポイントを考慮することが重要です。
・通帳や印鑑を孫本人に渡す
・届出印を親(または祖父母)と子で共有しない
・口座開設時に子が独立している場合、子の住所で開設する など
2.贈与契約を交わして親が適切に管理する
未成年者の孫への贈与は、親権者である親が「その贈与に同意する意思表示をする」ことで贈与契約が成立します。
この契約に基づき、親権者である親が財産管理権と代表権(民法第824条)を行使することで、祖父母から孫へ贈与された財産の管理などをおこなうことが可能になります。
そのため、未成年者の孫に贈与をする場合は、その親も含めて祖父母と贈与契約を交わすことが重要です。
これをおこなわずに一方的に孫へ財産を与えても、贈与が成立しない可能性があり、トラブルになるリスクがあります。
3.贈与契約書を作成する
祖父母から孫への贈与は口約束でも成立しますが、贈与契約書を作成することが望ましいです。
贈与契約書を作成することで、贈与が祖父母から孫へのものであることを明確に示すことができます。
贈与契約書のひな形は、インターネット上に数多くのデータが用意されています。
その形式に決まりはありませんが、以下のポイントを押さえておくと信憑性が高まります。
・財産を贈与する人は誰か(氏名や住所など)
・財産を受け取る人は誰か(同上)
・贈与者と受贈者の双方が贈与について承諾しているか(記名や実印を押すなど)
・贈与する財産は何か、贈与する価額はいくらか
・贈与するのはいつか など
孫への贈与の場合、贈与者は祖父母、受贈者は孫になります。
また、孫が未成年者の場合、贈与契約書には、孫と親権者である親がそれぞれ署名・押印するのがよいでしょう。
また、孫が幼児で署名・押印が難しい場合は、親が法定代理人としておこなう方法があります。
贈与契約書は2通作成し、贈与者と受贈者がそれぞれ1通ずつ保管します。
なお、贈与契約書は、税務当局から定期贈与(贈与額を決めて分割で贈与すること)と疑われないように、贈与するたびに作成するのが理想的です。
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4.贈与財産を親が私的に使わない
祖父母と孫(またはその親)で贈与契約を交わした場合、親権者である親はあくまでも贈与財産を管理する立場にあります。
そのため、親が贈与財産を私的に使用することはできません。
もし、親が贈与財産を私的に使った場合、それは祖父母から親への贈与とみなされる可能性があります。
また、贈与財産の管理者である親は、子が18歳を迎えて成人した際に、贈与財産を管理している預金口座の通帳や印鑑を本人に渡す必要があります。
贈与財産が金銭でない場合、不動産や物品の権利を子に移転します。
孫への贈与でも相続加算が適用される場合もある
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前述のように、孫への贈与は贈与加算がないため、他の人に贈与するよりも税制上有利な面があります。
ただし、条件によっては以下のように贈与加算が適用されることもあります。
1.孫が祖父母の「法廷相続人」に該当する
通常、孫には贈与加算が適用されません。
しかし、孫が法定相続人に該当する場合は、贈与加算の対象となります。
法定相続人とは、民法で定められた「財産を相続できる人」を指し、具体的には被相続人の配偶者や血族が該当します。
配偶者は常に法定相続人となります。
一方、血族の人は被相続人との関係によって相続の順位が決まっています。
以下にその順位を示します。
第一順位:子、子の代襲相続人(直系卑属)
第二順位:親、祖父母(直系尊属)
第三順位:兄弟姉妹、兄弟姉妹の代襲相続人(傍系血族)
第一順位の子が亡くなった場合、その子である孫がその権利を受け継ぎます(これを代襲相続と言います)。
この場合、贈与加算が適用されます。
また、祖父母と孫が養子縁組をした場合も、孫が子として扱われるため(法定相続人となるため)、同様に贈与加算の対象となります。
2.孫が遺言によって財産を受け継ぐ受遺者である
受遺者とは、遺言によって財産を受け継ぐ人を指します。
孫が受遺者の場合も、贈与加算の対象となります。
そのため、遺言に「孫に遺産を譲る」と記す際には、細心の配慮が必要です。
3.祖父母の生命保険の受取人が孫である
祖父母が加入している生命保険の保険金受取人に孫が指定されている場合、法定相続人と同じ扱いとなり、贈与加算の対象となります。
このため、孫を保険金の受取人にすることが有利か、あるいは受取人にせず贈与加算の対象外となる方が良いかを慎重に検討する必要があります。
具体的な状況や税務上の影響を考慮し、相続に詳しい税理士に相談することをおすすめします。
まとめ|親子の間に一線を引き適切な財産管理を
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このコラムで解説してきたように、祖父母から孫への贈与を親が使う場合、慎重に考える必要があります。
ここで説明してきたポイントを以下にまとめます。
・孫への贈与を親が使っても犯罪にはならない
・子から損害賠償請求などを受けるリスクがある
・税務当局から名義預金とみなされるリスクがある
・祖父母から孫の親への贈与とみなされるリスクがある
こうしたリスクの結果、親は賠償金や税金などを負担しなければならない可能性があります。
これを回避するためには、祖父母と孫が贈与契約書を交わし(孫が未成年の場合、親も記名・押印)、孫が成人になるまで贈与財産を親が適切に管理するのが望ましいでしょう。
そして、孫が成人した際に、通帳などの贈与財産を渡すという流れが理想的です。
特に孫が未成年の場合、「その子の資産は親の資産であり、親が自由に使って当たり前」という感覚に陥りやすいです。
しかし、祖父母からまとまったお金を孫に贈与したようなケースでは、親子の間に一線を引き、適切な財産管理をおこなう必要があります。
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