将来見込まれている相続への対策として生前贈与を考えている人の中には、以下のようなことをお考えの方もいるのではないでしょうか。
- 暦年贈与信託というサービスがあるらしいので、その概要とメリットを知りたい
- 相続対策はやり方を間違えると不利益がありそうなのでプロに任せたい
そこで本記事では、相続対策をプロに任せられるサービス「暦年贈与信託」についての基礎知識やメリット、デメリットを解説します。
また、実際に暦年贈与信託を利用するための大まかな流れについても解説します。
- 暦年贈与信託はメガバンクや信託銀行、地方銀行、証券会社でサービスを提供している
- 煩雑な手続きを金融機関に一任でき、贈与の証拠を残せる
- 暦年贈与信託を利用しても税務署から否認されるリスクはある
暦年贈与信託の基礎知識
最初に、暦年贈与信託の基礎知識について解説します。
暦年贈与信託とは
暦年贈与とは、贈与税に設けられている年間110万円の基礎控除枠を活用して、毎年少しずつ生前贈与をして節税する方法です。
暦年贈与信託とは、この暦年贈与による相続対策を一任できる金融機関のサービスのことをいいます。
毎年110万円の非課税枠を活用して、少しずつ生前贈与をする作業は煩雑になりがちです。
暦年贈与信託は、その煩雑な作業を任せることができて、税務署に暦年贈与を否認されるリスクを軽減できるなど、相続対策として生前贈与を考えている人にとって多くのメリットがあります。
金融機関によって名称は異なりますが、それぞれサービスの内容は同じです。
たとえば、以下のサービスはいずれも暦年贈与信託です。
・ おくるしあわせ(三菱UFJ信託銀行)
・ 暦年贈与サポート信託(三井住友信託銀行)
・ 京銀 かんたん贈与信託(京都銀行)
これらの他にも、多くの金融機関に同様のサービスがあります。
暦年贈与信託を利用できる金融機関
暦年贈与信託をサービスとして提供しているのは、主にメガバンクや信託銀行、地方銀行、証券会社などです。
各社サービス内容はさまざまで、証券会社の暦年贈与系サービスは「運用」がセットになっていることが多い傾向です。
また、野村證券の「おもいつなげる」は暦年贈与と投資信託の積立がセットになっています。
その他にも、多くの金融機関で取り扱いがあるので、現在ご利用になっている金融機関に同様のサービスがないか確認してみましょう。
暦年贈与信託7つのメリット
相続対策として暦年贈与を検討している人にとって、暦年贈与はとてもメリットの多いサービスです。
ここでは、暦年贈与信託を利用することで得られるメリットを7つの項目で解説します。
1.面倒な暦年贈与をプロに一任できる
暦年贈与を活用して節税をするには、贈与の事実を証拠として残すために贈与契約書を作成し、その契約内容に基づいた振り込みをするなどの作業をおこないます。
しかも暦年贈与は毎年やらなければ意味がないため、これら一連の作業を毎年おこなう必要があります。
暦年贈与信託であれば、こうした煩雑な作業を金融機関に一任できるので手間がかかりません。
特に、複数の人に生前贈与をするとなると手間も人数分増えることになるため、作業を任せられるのはメリットが大きいでしょう。
2.金融機関が手続きすることで贈与の証拠を残せる
暦年贈与による節税は、税務署がそれを認めていることが前提になります。
そのためには贈与があったことを示す客観的な証拠が重要です。
暦年贈与信託では金融機関という第三者が手続きをするため贈与の事実をしっかりと証拠として残すことができます。
こうした手続きは自分でやることもできますが、プロに委ねることなく自分でやるとさまざまなリスクがあります。
自分でやることによって考えられるリスクについては、後述します。
3.うっかり忘れを防げる
暦年贈与は毎年続く作業だけに、仕事など他のことが忙しい人にとっては「うっかり忘れ」のリスクがあります。
その点、暦年贈与信託で金融機関に任せておけば毎年ちゃんと通知されます。
そして金融機関が用意した贈与契約書に署名・捺印をするだけです。
一連の作業を金融機関主導でおこなうことができるため、うっかり手続きを忘れてしまう心配がありません。
4.贈与予定の資金は運用される
暦年贈与信託のサービスを利用する際には、贈与予定の資金を金融機関に預けることになります。
その資金は贈与されるまで運用される仕組みになっていることが多く、運用益が発生します。
それほど高い利回りではありませんが、タンス預金にしているのであれば、少ないながらも運用益が得られる暦年贈与信託のほうがメリットは大きいといえます。
また、暦年贈与信託の運用資金は元本保証で運用されます。
贈与しようと思っている資金を運用の失敗によって減らしてしまうわけにはいかないので、元本保証で運用されることには安心感があります。
5.暦年贈与以外の相続対策についての提案が期待できる
暦年贈与信託を提供している金融機関には、本来の金融サービスの業務もあります。
銀行や信託銀行などの金融機関は相続についても専門的なサービスを提供していることが多く、暦年贈与信託での取引関係を通じて、相続対策に関する総合的な提案も期待できます。
生前贈与を絡めた相続対策は特例や優遇措置などの種類も多いため、専門家による総合的な提案が得られることは、相続対策の観点から大きなメリットにつながるかもしれません。
6.外貨でも贈与が可能
相続(贈与)したい資産の中に、外貨が含まれている場合もあるでしょう。
金融機関によっては日本円だけでなく外貨にも対応しているところがあります。
たとえば、三井住友信託銀行の「暦年贈与サポート信託」では、以下の外貨での贈与が可能です。
・ 米ドル
・ ユーロ
・ 豪ドル
・ ニュージーランドドル
・ 英ポンド
これらの外貨での資産継承を考えている人は、「外貨での贈与にも暦年贈与信託を利用できる金融機関がある」ことを覚えておくとよいでしょう。
7.原則として手数料は不要
暦年贈与信託のサービスを利用するのにあたって、契約時や契約後の管理手数料などは、原則として不要です。
贈与側から受贈側への振り込みについても、振込手数料がかからない金融機関が大半です。
相続対策は節税が主な目的です。
そのために多大なコストが発生しては意味がないので、暦年贈与信託は低コストであることも重要なポイントです。
暦年贈与信託のデメリットや注意点
メリットの次には、暦年贈与信託を利用するのにあたって知っておくべきデメリットや注意点について解説します。
実際に暦年贈与信託を利用するかどうかは、こうした部分もしっかり理解したうえで判断するようにしてください。
1.暦年贈与信託を利用しても否認のリスクはある
暦年贈与信託はあくまでも金融機関が提供しているサービスであり、税務署が関与しているわけではありません。
それぞれの金融機関がプロの知見をもって税務署の方針や基準を熟知し、それに基づいてサービスを提供しているものです。
暦年贈与信託を利用したからといって、税務署がそれを100%認めることが確定しているわけではありません。
節税計画を否認されるリスクは大幅に軽減されますが、ゼロになるわけではないことを留意しておいてください。
2.まとまった金額を預け入れる必要がある
暦年贈与信託を利用するためには、まとまった金額を用意する必要があります。
多くの金融機関では最低預入金額を500万円としているため、少なくとも500万円以上の資産が必要になります。
3.中途解約は原則できない
暦年贈与信託の契約をすると、原則として中途解約はできません。
契約の内容どおりの贈与が完了するまでは、やむを得ない事由を除いて中途解約はできないと認識しておいてください。
やむを得ない事由に該当するとして解約ができたとしても、解約手数料が発生する金融機関がほとんどです。
つまり、中途解約ができたとしても不利になるため、中途解約はしないという前提で契約するようにしましょう。
4.贈与相手には一定の制約がある
暦年贈与信託のサービスを利用して財産を贈与できる相手には、一定の制約があります。
多くの金融機関が「第3親等以内の親族まで」としているため、それ以外の人に贈与をしたいと考えている場合はサービスを利用できません。
第3親等以内とは、本人から見て子や配偶者や孫、曾孫、その他には父母、祖父母、祖祖父、兄弟姉妹、甥、姪などを指します。
いずれも親族なので、いわゆる「赤の他人」への贈与では暦年贈与信託のサービスを利用できないと考えておきましょう。
5.運用手段が限定される
暦年贈与信託は原則として元本保証なので、金融機関は元本を保証できる方法で運用することになります。そのため、運用手段はある程度限定されます。
別の方法であればもっと広い選択肢から有利な運用を選べるかもしれません。
しかし、暦年贈与信託はあくまでも生前贈与による節税をサポートするサービスなので、運用による利益はあまり期待しないほうがよいでしょう。
暦年贈与信託を利用することで避けられるリスク
暦年贈与を活用した節税スキームを自分でやるとさまざまなリスクがあることは、すでに解説しました。
それをプロに任せることができる暦年贈与信託では、以下のリスクを回避することが期待できます。
1.贈与そのものを否認されるリスク
家族間の贈与だと、口約束や現金の手渡しといった「なぁなぁ」の処理になりがちです。
しかしそれだと税務署から贈与の事実を否認され、暦年贈与による非課税のメリットもいかせなくなる恐れがあります。
それを回避するためには、たとえ家族間であっても贈与契約書を作成し、贈与の事実をしっかりと客観的な証拠として残しておく必要があります。
それでも形式不備などで否認されるリスクがゼロにはならないため、プロによる関与が大きな意味を持ちます。
暦年贈与信託では第三者である金融機関が介在するため、贈与の事実を強い証拠として残すことができます。
2.名義預金と見なされるリスク
親が子の名義で預金口座を開設し、親がその口座に預金をしたり、積み立てをすることはよくあると思います。
最終的には子にそれを贈与するつもりでいるものの、そのお金があることをまだ知らせたくないということで、内緒にしているケースもあるでしょう。
この預金口座を親が子に渡した場合は、名義預金といって贈与とは見なされず、被相続人の相続財産として取り扱われることになります。
つまり、暦年贈与による基礎控除も適用されないため、相続税が課税されます。
その他にも、子や孫などがお金を無駄遣いしないように預金通帳やカードなどを親が管理していた場合も、名義預金として相続財産と見なされます。
贈与の事実を成立させるためには、贈与資金が振込まれる口座を受贈側が管理し、口座の管理者と受贈者が同一人物である必要があります。
暦年贈与信託を利用することにより、こうした解釈の違いによるリスクを防ぐことができます。
3.定期贈与と見なされるリスク
毎年110万円までが非課税になる基礎控除枠を活用して少しずつ贈与をするのが、暦年贈与による相続対策です。
しかし、1回ごとの贈与が独立したものではなく、まとまった金額を少しずつ贈与しているだけに過ぎないと見なされると、定期贈与といって贈与した総額を1回で贈与したのと同じだと見なされる恐れがあります。
そうなると110万円を超える分はすべて課税対象になるため、節税効果はなくなります。
自分で毎年贈与をすると、定期贈与と見なされないようにする勘所がわからず、税務署から定期贈与と見なされてしまうかもしれません。
相続のプロでもある金融機関に手続きを委ねることにより、そのリスクを大幅に軽減できます。
暦年贈与信託を利用する大まかな流れ
暦年贈与信託を利用する際の、大まかな流れについて解説します。
ここでは三井住友信託銀行の例で解説しますが、どの金融機関であっても大まかな流れは同じです。
1.暦年贈与信託に必要な書類
暦年贈与信託を利用するのに必要な書類は、以下のとおりです。
・ 暦年贈与サポート信託申込書(他の金融機関の場合、名称は異なるものの、同様の申込書類が必要)
・ 銀行届出印
・ 同じ銀行の普通預金口座(口座がない場合は、要開設)
・ 本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカードなど)
上述した解説でもわかるように、すでに預金口座があって取引関係がある銀行であれば、新たに預金口座を開設する必要はありません。
もしくは、暦年贈与信託で初めてその金融機関と取引をしたいという場合であっても、暦年贈与信託の申し込みと同時に普通預金口座を開設すればサービスを利用できるようになります。
2.贈与契約書を金融機関に提出する
贈与側と受贈側で贈与契約書を作成し、それを金融機関に提出します。
三井住友信託銀行の場合は毎年11月末日までに提出する必要がありますが、他の金融機関でも同様の時期までに提出する必要があります。
これは毎年必要になる書類なので、暦年贈与信託の契約をしている金融機関から毎年、提出の依頼があります。
贈与契約書の書面は金融機関が保有しているので、贈与側、受贈側ともにそこに署名・捺印をするだけです。
3.贈与する資金を預け入れる
贈与側の契約者が、贈与したい資金を金融機関の普通預金口座に入金します。
4.金融機関によって贈与が実行される
贈与側から預かった資金を、金融機関が契約書の内容にしたがって受贈側に振り込みます。
これにより、贈与契約書と、その契約書に基づく贈与の事実が完成します。
5.報告書で確認する
贈与を実行したことについて、金融機関は報告書をもって契約者に報告します。
その報告書を確認して、その年の贈与は完了です。
以後、この作業を毎年おこなうことになります。
まとめ
生前贈与はうまく活用すると、相続税を節税できるメリットがあります。
しかし、その方法や手続きなどを間違うと、税務署から否認される恐れがあります。
否認されると節税効果はなくなるため、せっかくの努力が無駄になってしまいます。
定期贈与と見なされて否認されてしまうと高額の贈与税が課税される可能性もあるので、注意が必要です。
暦年贈与信託はこうしたリスクを軽減できるサービスとして、相続対策を考えている人にとって利用価値の高いサービスです。
まずは意中の金融機関に問い合わせ・相談をしてみてはいかがでしょうか。
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