熟年離婚における財産分与の対象となるのは、結婚生活の間に築いてきた共有財産(持ち家、現金・預金、退職金など)です。
本記事では、対象となる資産、ならない資産の詳細を紹介します。
これに加えて、熟年離婚の際の財産分与の相場(一般的な割合)や具体的な方法、注意点などについても解説します。
最後までお読みいただくことで、熟年離婚の財産分与の不安を解消するのに役立つことでしょう。
- 結婚前から所有していた夫婦それぞれの財産は、財産分与の対象にはならない
- 共有財産を夫妻で2分の1ずつ分けるのが原則だが貢献度によって違ってくる
- 何を分けるか夫婦間で話し合い、こじれた場合は弁護士などの第三者を間に入れる
熟年離婚における財産分与の基本
熟年離婚に明確な定義はありませんが、一般的には婚姻期間が20年以上の夫婦が離婚した場合を指します。
熟年離婚をした場合、当事者が知りたいこととしてよく挙げるのが「財産分与の対象となる資産とならない資産」についてです。
財産分与とは、結婚生活の間に夫婦が協力して築いてきた財産(共有財産)を、それぞれの貢献度に応じて分けることを指します。
財産の形成に専業主婦(主夫)も貢献したと認められます。
以下では熟年離婚における財産分与の基本をわかりやすく解説します。
1.熟年離婚をした場合に財産分与の対象となる財産
熟年離婚に限らず、離婚した場合に財産分与の対象となる共有財産の例は以下のとおりです。
・持ち家
・家以外の不動産
・現金や預金
・負債(住宅ローンや自動車ローンなど)
・金融商品(上場株式や投資信託など)
・退職金
・車
・保険商品の解約返戻金や満期保険金
・会員券
・貴金属 など
結婚生活の間に夫婦で築いてきたこれらの財産は、どちらの名義かに関係なく、財産分与の対象となります。
たとえば、マイホームの名義が夫であっても、結婚後に購入したものであれば、財産分与の対象となります。
また、住宅ローンや自動車ローンなどの負債も財産分与の対象となる点にご注意ください。
2.熟年離婚をした場合に財産分与の対象とならない財産
結婚前から所有していた夫婦それぞれの財産(特有財産)は、財産分与の対象にはなりません。
特有財産の例は以下のとおりです。
・生前贈与や相続によって取得した財産(不動産や現金など)
・結婚前から所有していた財産(家財道具や現金など)
・別居期間中にそれぞれが取得した財産
熟年離婚の場合、結婚から少なくとも数十年が経過しているため、結婚前から所有していた財産を整理するのが難しいことも考えられます。
記憶が曖昧な場合は、関連する書類と照らし合わせたり、近親者に確認したりするなどの努力をしてみましょう。
3.清算的・扶養的・慰謝料的、3種類の財産分与
熟年離婚の際に押さえておきたい基礎知識としては、財産分与の種類があります。
具体的には財産分与には、「清算的財産分与」「扶養的財産分与」「慰謝料的財産分与」の3種類があります。
それぞれの内容は以下のとおりです。
・1.清算的財産分与
先述の「熟年離婚をした場合に財産分与の対象となる財産」を清算する目的の財産分与です。
これらは、婚姻中に夫婦が協力して築いた共有財産であり、適正な形で分ける必要があります。
一般的に、「財産分与」といった場合、この「清算的財産分与」を指していることが多いです。
・2.扶養的財産分与
離婚後の配偶者の生活を考慮しておこなわれる財産分与です。
特に熟年離婚の場合、一方の配偶者が長年、主婦・主夫をしていて、すぐに十分な収入を得られないこともあります。
そのため、配偶者が自立するまでの期間、扶養的財産分与によって経済的援助をおこないます。
ただし、扶養的財産分与が成立するには、援助する側に経済力があることが前提となります。
たとえば、熟年離婚の場合、配偶者が定年しており、年金生活のため経済的に余裕がないという場合には、扶養的財産分与が成立しにくいといえます。
・3.慰謝料的財産分与
詳しくは後述しますが、財産分与と慰謝料は性質が異なるものです。
しかし、配偶者に離婚の責任がある場合は、慰謝料を含めて財産分与を検討することもあります。
4.慰謝料と財産分与の違い
熟年離婚をする際に混同しやすいのが「財産分与」と「慰謝料」の違いです。
夫と妻の両者がこの違いを認識していないと、話し合いが滞る可能性があるため注意が必要です。
慰謝料とは、離婚の原因に責任がある配偶者に対して請求する、損害賠償のことを指します。
一方、財産分与とは、結婚生活の間に夫婦で築いた共有財産を、それぞれの貢献度(寄与度)に応じて分けることを指します。
慰謝料と財産分与は性質が全く異なる金銭です(ただし、慰謝料的財産分与を考慮することもあります)。
そのため、たとえば浮気をしたなど離婚の責任を有する配偶者でも、財産分与の権利を主張することができます。
特に熟年離婚の場合、築いてきた財産が多いこともあるため、適正な金額の財産分与を請求することが重要です。
5.財産分与で得た財産には原則、贈与税がかからない
熟年離婚の財産分与によって得た財産には贈与税はかかりません。
なぜなら、財産分与は夫婦で築いた財産を清算したものだからです。
ただし、以下の要件に該当する場合は、贈与税が課税される可能性もあります。
A:分与された財産の額が諸事情を考慮しても多すぎる場合
B:贈与税や相続税を免れるために離婚がおこなわれた場合
Aの場合、分与され過ぎた部分に対して贈与税が課税されます。Bの場合、離婚によって得た全ての財産に対して贈与税が課税されます。
6.財産分与と婚姻期間の関係
婚姻期間が長くなるほど、夫婦で協力して形成した財産が増えやすく、財産分与の金額が増える傾向にあります。
たとえば、裁判所の「令和4年 司法統計年報(家事編)」によると、財産分与の額が600万円を超え1,000万円以下の件数は、結婚3年以上・4年未満が11組しかいないのに対し、結婚25年以上の熟年離婚をした夫婦は約28倍の302件もあります。
財産分与の額が2,000万円超の件数で見ても、結婚3年以上・4年未満の4組に対し、熟年離婚をした結婚25年以上の夫婦は179件もあります。
熟年離婚の傾向
ここまで、熟年離婚と財産分与の基礎知識を解説してきました。
ここで熟年離婚の傾向を説明したいと思います。
1.熟年離婚は長期的に横ばいの状態
最近、離婚自体の数は減少傾向にありますが、熟年離婚は長期的に横ばい状態です。
厚生労働省の「人口動態統計(2022年)」によると、離婚全体の数は約18万組であり、2002年の約29万組と比較すると約4割減少しています。
これに対して、熟年離婚(同居期間20年以上の離婚)は、数十年にわたって4万組前後で横ばい状態です。
なお、離婚全体に占める熟年離婚の割合は約4組に1組となっています。
2.熟年離婚の代表的な原因は一緒に過ごす時間が長くなったから
熟年離婚が減らない理由はさまざまですが、一因として平均寿命が伸びたことで「定年後に夫婦が一緒に過ごす時間が長くなったこと」を挙げる専門家もいます。
同じ空間で過ごす時間が長くなると、それまで気付かなかった性格の不一致が露見しやすくなります。
このほか、定年退職や役職定年などで収入環境が変わったことにより、家計をめぐるトラブルが起きて熟年離婚に至ることもあるようです。
熟年離婚の財産分与は貢献度によって変わる場合がある
財産分与の相場(一般的な割合)は、「共有財産を夫と妻で2分の1ずつ分ける」というのが原則です。
ただし、実際には個別の事情を考慮して、財産分与の割合が調整されることも多いようです。
詳細を確認していきましょう。
熟年離婚も一般の離婚も考え方自体は同じ
一般の離婚も、熟年離婚も「共有財産を夫と妻で2分の1ずつ分ける」という原則は同じです。
これは配偶者が専業主婦(主婦)も同様です。
ただし、実際には、以下の要素によって財産分与の割合が変わります。
・資産形成の貢献度
・離婚後の経済環境
・離婚に至った原因の責任の有無 など
・共働きの場合の財産分与の割合
共働きの場合も、「共有財産を夫と妻で2分の1ずつ分ける」という財産分与の基本的な考え方は変わりません。
これは、夫と妻の間で多少の収入格差がある場合でも同じです。
ただし、配偶者のどちらかが、「仕事をしながら家事や子育ての大半を担ってきた」という場合は、財産分与の割合が高くなる可能性があります。
・専業主婦の場合の財産分与の割合
たとえば、熟年離婚の場合、妻が専業主婦として家事や子育ての大半を担ってきたというケースもあると思います。
このように、妻の貢献度が高いときは、財産分与の割合が高くなることも考えられます。
熟年離婚の財産分与の方法
これから熟年離婚をする場合、財産分与の大きな流れを把握しておくことも大事です。
1.財産分与の対象となる資産を整理する
財産分与をする際、初めに取り組みたいのは、「財産分与の対象となる資産」を整理することです。
熟年離婚の場合は結婚生活が長かった分、財産の把握が大変だと思いますが、以下のような方法で整理していきましょう。
・お互いの財産の情報を共有する(預金口座や証券口座など)
・財産に関する書類を共有する(登記簿など)
・財産分与の対象となる資産をリスト化する など
対象となる資産には、不動産や現金・預金、車などがあります。
相手が預金口座を隠している可能性がある場合は、弁護士会照会や調査嘱託などの手段によって情報開示を求めることもできます。
・弁護士会照会:弁護士会を通じて金融機関などに情報開示を求める
・調査嘱託:裁判所を通じて金融機関などに情報開示を求める
財産分与の対象には、プラスの資産だけではなく、ローンや借金などマイナスの資産も含まれます。
ただし、ギャンブルや浪費によって背負うことになった借金は、財産分与の対象になりません。
2.対象となる資産の額を算定する
財産分与を進めるにあたり次に着手したいのは、「対象となる資産の額の算定」です。
持ち家やそれ以外の不動産、金融商品、車などは現在価値が算定の基準となります。
熟年離婚の場合、購入時は高額だったけれど、現在価値が安くなったという資産もありえます。
逆に、購入時は安かったけれど、現在の価値が高騰したという資産も考えられます。
なかには、価値の算定が複雑な資産もあります。
たとえば、ローンの残債が残っている持ち家の場合、ローンも含めた現在価値の算定は難易度が高いです。
不動産会社、金融機関、税理士などに協力してもらいながら現在価値を割り出す必要があります。
3.財産分与の割合を決める
財産分与の夫婦間の割合は、「2分の1ずつ分ける」というのが原則です。
ただし、先述のように、どちらかに経済力がない場合や離婚の責任がある場合は、それを考慮して財産分与の割合を調整することも可能です。
ただし、財産分与の割合は最終的に、夫婦の合意がないと確定しません。
まずは、夫婦間で割合を話し合ってみましょう。
とはいえ、熟年離婚の場合は、築いてきたものが大きいだけに感情的になることも考えられます。
夫婦だけで話し合える状況ではない場合、第三者や弁護士を交えるのが得策です。
それでも財産分与の割合がまとまらないときは、調停・裁判・審判などの手段で解決するしかありません。
4.合意した内容を書面にする
財産分与の話し合いで合意した内容は、法律的には必ずしも書面しなくても構いません。
しかし、約束を破られないようにするため、合意内容を書面にすることをおすすめします。
熟年離婚の場合、結婚生活が長かっただけに、「書面を交わすことに抵抗がある」「信頼できる人なので書面がなくても大丈夫」というような考え方になりやすいです。
しかし、相手の経済状況が変わったり、認知症になったりしたことで、財産分与で合意した内容が反故にされるリスクがあります。
熟年離婚における財産分与の注意点
いざ熟年離婚をしてみて「こんなはずではなかった」と後悔するケースも散見されます。
将来的に後悔しないよう、以下の注意点を踏まえて財産分与を進めることが重要です。
1.熟年離婚は要注意!退職金も財産分与に含める
財産分与の対象となる財産には退職金もあります。
熟年離婚はタイミング的に、退職金が支給される前後が多いため、基本的な考え方に沿って財産分与をおこなうことが重要です。
退職金の財産分与の考え方は、「退職金が払われた後か、払われる前か」で異なります。
・退職金が払われた後の財産分与
退職金の財産分与は、「退職金の形成に配偶者がどれくらい貢献したか(寄与期間割合といいます)」を元にして金額を算出します。
寄与期間割合は、「婚姻期間」と「退職金の支給に関わる勤務年数」で決まります。
退職金の支払いからかなりの年数が経った熟年離婚の場合、退職金相当額をすでに使い切ってしまった可能性もあります。
この場合は、退職金が財産分与の対象にならないと判断されることもあります。
・退職金が払われる前の財産分与
配偶者が公務員や大手企業に勤務する場合は「退職金の支給がほぼ確実」と判断され、退職金の支給前でも財産分与の対象になりやすいです。
ただし、これは熟年離婚など長い期間結婚生活がある場合に限ったことで、若年離婚の場合は退職金の財産分与が認められないことが多いようです。
2.老齢年金は年金分割制度の対象になる
熟年離婚をされるご夫婦にとって老齢年金の扱いは重要です。
老齢年金は財産分与の対象になりませんが、その代わりに「年金分割制度」の対象となります。
年金分割制度とは、結婚期間中の厚生年金を離婚後に夫婦で分け合う内容です。
具体的には、夫婦からの請求によって厚生年金の報酬比例部分の保険料納付記録が分割されます。
これに離婚後の納付記録を組み合わせて、それぞれの老齢年金が支給されます。
なお、年金分割制度には、「合意分割」と「3号分割」の2種類があります。
合意分割 | ・原則、結婚期間の全てが対象 ・両者の合意または、家庭裁判所の審判、調停が必要 ・保険料納付記録の分割は最大50%(2人の納付記録の合計に対する割合) |
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3号分割 | ・2008年4月以降の結婚期間のうち、国民年金の第3号被保険者だった時期が対象 ・両者の合意は不要 ・保険料納付記録の分割は一律50% |
年金分割制度の請求期限は、離婚の翌日から起算して2年以内が原則です。
3.熟年離婚では次の住まいの準備も大切
熟年離婚をする場合、財産分与によって持ち家を出て行く人は、「次の住まいを探すこと」も重要です。
特に、定年後に熟年離婚をした人や、高齢になってから熟年離婚をした人は、年齢を理由に賃貸物件の入居を断られるケースも考えられます。
以下の方法で次の住まいを探してみましょう。
・賃貸物件検索サイトで「シニア向け物件」を絞り込む
・高齢者向けの公的住宅を探す(UR賃貸住宅など)
・地域包括支援センターや社会福祉協議会に相談する
・サービス付き高齢者向け住宅を検討する
4.離婚から2年経つと請求できなくなる
財産分与をしたい場合、離婚後2年以内に必ず請求するのが原則です。
理由は、財産分与には「除斥期間」が適用されるからです。
「除斥期間」は「時効」と混同されやすいですが、両者は根本的な意味が異なります。
時効は理由があれば期間が延長されることもあります(例:話し合いが進めているなど)。
一方、除斥期間は諸事情が考慮されることなく、期間を過ぎると機械的に権利がなくなります(裁判上の請求をした場合は延長されることもあります)。
熟年離婚は、築いてきた財産が大きいことも多いため、請求を先送りすることでその権利が失われないよう注意しましょう。
5.ペアローンの持ち家は3つの選択肢がある
熟年離婚を進めるうえで、ペアローン(夫婦共同の住宅ローン)が問題になることもあります。
その理由は、「離婚後の持ち家に関する考え方が違うこと」があります。
ペアローンの持ち家の扱いには以下の3つの選択肢があります。
A:共有のまま所有し続ける
B:夫と妻のどちらかが取得する(金銭で相手の権利を買う)
C:売却してローンを完済する
Aの選択肢は、熟年離婚後にトラブルになりやすいため、できればBまたはCを選択するのが望ましいと考えられます。
まとめ|熟年離婚の財産分与は弁護士に依頼
熟年離婚をされる人の中には、財産分与の話し合いや手続きを弁護士に頼むべきかどうかで悩んでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
信頼関係があるので2人だけで話し合いができるという場合は、夫婦だけで財産分与を進めるという判断もあり得ます。
しかし、「信頼関係が破綻している場合」や「相手が財産分与の話し合いに応じない場合」は、離婚を専門とする弁護士に依頼するのが得策だといえるでしょう。
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